桐たんすの社長ブログ 過酷な「木干し」(きぃほし)この作業からいい桐箪笥作りがはじまります。是非知ってください!
父から、「学校から帰ったら今日 木干し を手伝ってくれ」、と
小学校3年の頃からよく言われたものです。
その当時は、たんす作りも家内工業のようなもので、職人さんはきちんと屋内で桐たんすを作る作業をしていました。
ですから屋外での「木干し」の作業は、人がいない分 父(社長)みずから行い 私達子ども(弟)と2人かりだされました。
その作業は小さい子どもの私達には、過酷で大変な作業でした。桐の木も乾燥すれば軽くなるのですが、原木から製材をしたすぐの桐の板は、水分を蓄えていて重くて重くて
小さいこどもの私や弟にとっては、かなりの重労働でした。
長い板を肩にかつぐと、重さや風にあおられふらふらしながら干したもんです。
製材の時の木くず(おがこ)が頭や顔 目や口 首 に入り込んで 気持ちがわるくて、水分を含んだ板は、重く濡れていて、肩がびちょびちょになりました。重たく長い板は、はんべそ(泣きそうに)をかきながら格闘しました。
やり方もダテに均等に雨がかかるように地面に垂直に立てていきます。1本の美しい木になるように順番に干していきます。
今と違って、家にはシャワーも無く全身木くず(おが)まみれになった事を兄弟で忘れもしません。
でもその時からのつらい体験は、今でも桐たんすに対する愛情の糧になっています。
作業が終わった後 父がその晩におこずかいのかわりに、外食につれていってくれるのが一番の楽しみでした。
47年前の日本は、今と違ってファミレス等も全くなくホントに駅に近い商店会の個人のお店です、中華料理やさんやステーキ専門店や和食屋さんで、普段家では食べた事のない料理が食べれるのが弟と唯一の楽しみでした。今でもそのころの思い出は心に刻まれています。
それから約25年間 中学 高校 大学 社会人と 桐の「木干し」をやってきました。今では私はショールームにいるので「木干し」はやりませんが、弟の専務は、今でも工房で40年以上 若い職人と一緒に「木干し」をしてくれています。本当に感謝しています。
こんな工房は絶対日本で無いと思います!
これだけ桐の木に対する愛情がある工房なんです。だからこだわりの桐たんす作りが出来ます。
「しんどい事は、人に任せて自分は楽をする!」
うちの会社は、「しんどい事は自ら行う!」
この精神は、父から教えられた教訓です。
でもこの「木干し」作業が美しい桐材を作るためには最も重要な作業なのです。
桐の木は製材をした後はすごくいい香りがします。心が安らぐ香りです。
今でもその香りを求めて工房によく行きます。この香りは、ネットや動画では絶対にお伝えできませんね。日本人に愛された桐材の本当の良さかもしれません。
昔ながらのこの作業を行っている工房は全国でも本当に少なくなっています。
今では、加工された乾燥された桐材を材料店から仕入れて、
それを組み立てる工房がほとんどです。
私はこんな作業を経て作られた桐箪笥を1棹でも皆さんに分かっていただいて、買っていただけるようにご紹介するのが今の私の仕事です。
この作業を行わないと、いい桐たんすは絶対にお作りできません。
この地道な作業がいい桐箪笥を作るには必要なのです。原木から桐箪笥を作るのに、
約3年から4年の月日がかかるのです。
でも今の一般の消費者様は、どれがいい桐の板(木)で、どれが悪い木かも判断出来ない 寂しい悲しい時代になっています。
是非 私どものショール―ムの来ていただければ、
本当のいい桐の木(材質)をすぐに見分けるお話をさせていただきます。
一人でもいい桐たんすを見極める事が出来る目を持ってほしいのです。
是非 日本の透き通るような美しい 桐材 に出会ってください!